映画「夜のピクニック」のあらすじと出演者

第2回本屋大賞を受賞した、恩田陸の同名小説を映画化した青春ドラマ

多部未華子

80キロの道のりを全校生徒(1000人)が夜通し歩く北高の最大イベント「歩行祭」の季節が今年もやってきた。お揃いの白のジャージに身を包んだ生徒たちは、友人と恋の話をしたり、将来の夢を語り合ったりしながら思い思いに一夜を過ごすのだ。

高校生活最後の参加となる3年生の甲田貴子(多部未華子)は、歩行祭に参加するにあたり、3年間のわだかまりを解決すべく一つの決意を胸にしていた。それはクラスメイトでありながら、これまで一度も話す機会のなかった西脇融(石田卓也)に声をかけることだった。

貴子が融を意識して、話しかけられないのは、恋心とは違う理由があった。貴子は親友である美和子(西原亜希)、アメリカへ引っ越した一人の親友・杏奈(加藤ローサ)にも話していなかったが、貴子と融は同じ父親を持つ異母兄妹だったのだ。融も妙に貴子を意識しているようで、なかなか二人の間に話しかけるきっかけが生まれない。

歩行祭では例年多くのカップルが誕生しているが、夜も更けて日付が変わる頃になると、二人の間に漂う不自然な様子を見て、「貴子は融が好きだけど、恥ずかしがって声を掛けられない」と勘違いしたクラスメイトは、歩行祭の間に貴子に告白をさせ、二人をくっつけようと応援してくる。

友人のおせっかいにも融は強張った表情を見せるだけで、貴子は声をかけることができずに、時間だけが過ぎていく。ゴールが後20キロと迫り、融は貴子を置いてどんどん先を歩いてゆく。

しかし、朝日が昇る頃、どちらからともなく二人の距離は縮まっていき、貴子はついに3年間内に秘めていた二人の関係の秘密を融に打ち明ける。実は融も二人が異母兄弟であることを知っており、そのことがやはり気がかりだったというのだ。二人の間のわだかまりはゆっくりと溶けていき、高校生活最後のイベントは幕を閉じていく…。

映画の重要な要素となっている「歩行祭」は原作者である恩田氏の母校、水戸第一高校で戦前から行われている伝統行事で、同様の行事を行っている高校は全国に数多く存在している。ただゴールを目指してひたすら歩くだけ、友人同士の他愛もないおしゃべり、ゴールでのささやかな達成感と翌日の筋肉痛…。学生時には意識することがなくても、大人になって振り返ると思うのだ。それは二度と味わうことのできない貴重な時間だった、と。30、40代の視聴者は本作品にノスタルジーを掻き立てられ、青春時代の甘酸っぱさが甦り、羨ましさを覚えるだろう。

なお、この映画のスピンオフとして、主人公の二人をはじめ、美和子(西原亜希)、杏奈(加藤ローサ)、亮子(高部あい)ほか、歩行祭に参加したクラスメイトの前日の模様を収めた10篇のオムニバス・ショートストーリー「ピクニックの準備」も本編に優るとも劣らない作品として高い評価を受けている。まずは本編を見て、気に入った方はそちらも是非ご覧頂きたい。

キャスト・スタッフ

原作は恩田陸。本作品の原作となった同名小説「夜のピクニック」で、2005年に吉川英治文学新人賞を受賞、第2回本屋大賞を受賞したのを皮切りに、2006年には「ユージニア」で日本推理作家協会賞を、2007年には「中庭の出来事」で山本周五郎賞を受賞している。

主演の甲田貴子には、NHK連続テレビ小説「つばさ」のヒロイン・玉木つばさ役をはじめ、「君に届け」、「山田太郎ものがたり」などに出演、「HINOKIO」、「青空のゆくえ」ではブルーリボン新人賞を受賞して、この2、3年で正統派女優として一躍注目が高まった新進女優の多部未華子。彼女の真っ直ぐな瞳の力、ピンと張り詰めた清潔感が、非常に効果的に作用している。

貴子の異母兄弟である西脇融は、2002年のジュノン・スーパーボーイ・コンテスト「フォトジェニック賞」受賞で芸能界入りし、「蝉しぐれ」の文四郎役でキネマ旬報新人賞を受賞した石田卓也。本作品でも不器用そうな朴訥とした青年を見事に演じきっている。

貴子の母親には南果歩、クラスメイトには西原亜希、加藤ローサ、大ヒット映画「スウィングガール」の貫地谷しほりと松田まどか、そのほか嶋田久作、郭智博、高部あい、近野成美などが脇を固める。参加したエキストラの数は5000人。

監督は岩井俊二の監督作品「Love Letter」、「PicNic」などでプロデューサーを務め、長編監督デビューを果たした2001年の「ココニイルコト」で、ヨコハマ映画祭新人監督賞、毎日映画コンクールスポニチグランプリ新人賞、第21回藤本賞新人賞を受賞した長澤雅彦。その後も「ソウル」、高野和明の江戸川乱歩賞受賞作品を映画化した「13階段」、「青空のゆくえ」など続々と監督作品が続いている。本作品でメガホンを取るにあたっては、技巧的な演出をせず、高校生の若さをありのまま映し出し、青春の恥ずかしさ、と同時にそのかけがえのなさを掬っており、非常に好感が持てる。